実験は、実験室でないとできない。
アメリカ有数のアカデミック都市の一流大学にいるしがない研究者のブログ。世の中、ヒト、カネ、モノ。ブログの狙いは、情報と思考を整理して、研究者といふ名のビジネスマンの収入と地位を向上させることです。
2015年3月6日金曜日
2015年2月21日土曜日
2015年2月20日金曜日
分担してレビューを書く / 企業人ネオさんとの初ミーティング
レビューを書き進めていると気になることが出てきたので文献検索をしたら、2014年の文献もヒットしてきた。それを組み込んだので、我々が出すこのレビューは最新情報が含まれることになる。レビューを書くことによって、知識がUpdateされ、新たなアイデアが生まれてきた。
2015年2月18日水曜日
レビューを一日中書き進めた
今朝は、7時に家を飛び出しました。Reviewを書き進めようと思ったから。慌てて出たので、ヘルメットを忘れるわ、スノーパンツを履いたつもりが普通のパンツだわ。挙句の果てにパンク。カフェの前に自転車を置いて、ラボまで10分ほど歩きました。帰りは雪道をトータル30分くらい歩きました。グズグズの雪道を自転車を押して歩いたので疲れました。
2015年2月17日火曜日
ホルモン上昇してハイテンション / 言語能力と道具を使う能力
最近ホルモンがリッチで軽躁状態のベティです。
テンションが高い。
昨晩は連投した上、朝もしちゃいました。
時々、やり過ぎちゃうんですよね。
元気すぎる。
テンションが高い。
昨晩は連投した上、朝もしちゃいました。
時々、やり過ぎちゃうんですよね。
元気すぎる。
研究者がカネを得るのに必要なこと
前回のエントリの続きで、研究者はカネを得るのに何が必要か、整理する。
1.コンスタントな業績(実績)
総説、原著論文を問わない。筆頭著者、共著を問わない。つまり共同研究をうまくやってコンスタントに論文が出ればいい。相互に論文に名前が載るような契約をしておけばいい。その契約を結ぶには、この実験系はXが必ずやるという専門が必要だ。そして最適で効率的なパートナーシップを結ぶことだ。
読み書き発表しないとカネは得られない
アタマを切り替えて今日は仕事をしようと思った。
実験するタイミングではないので、実験は明日以降にする。
今日はCafeで書類仕事をすればいい。
Annual reviewのなおし、Figure作成である。
どちらもカネになる。
カネになることは優先してやらねば。
当たり前だ。
これまでその当たり前ができていなかった。
文章を書き、図をつくり、交渉して、おカネをもらう。
それが学者、科学者、研究者のしごとなのだ。
2015年2月15日日曜日
トップダウンとボトムアップ
思い起こしてみると、英国紳士は、初回のコラボミーティングで、発現調節Aよりも個人的にはタンパクBのほうに興味があるなんて案を出していた。
Aのほうが現実的なのに。
その頃に比べると、一週間後にはAのほうに鞍替えして、Reviewをほぼ書きあげたのだから、十二分に妥協しているというか、僕に合わせた選択、決断をした。
もしBを選んでいたら、グループの方針はバラバラになり、予算がおりても誰もそれをやらないだろう。
これまでにいくらでもそんなことがあった。
過去の業績や、妄想、空想、自分の専門、エゴなどで予算申請したものの、現場の意志と全く違ったために、誰も申請書類通りの研究をやらなかったとか、結果が出なかったという例がいくらでもある。
その点はボトムアップがいいと僕は信じる。
トップダウンにしたいなら、ボトムを誘導しないといけない。
地域の同胞に貢献する人 / 学者というビジネス
週末はStormと聞いていたし、疲れていたので、土曜朝はゆっくりと起きた。
午前に妻と息子がArt関係の買い物に行った。趣味だ。で娘と留守番。
昼ごろ約束があって出かけた。
あるCommunityの懇親会のために、地域のさかなやさんにOrderのための相談に行ったのだった。
色々と有用な情報が得られた。
午前に妻と息子がArt関係の買い物に行った。趣味だ。で娘と留守番。
昼ごろ約束があって出かけた。
あるCommunityの懇親会のために、地域のさかなやさんにOrderのための相談に行ったのだった。
色々と有用な情報が得られた。
2015年2月13日金曜日
本日のログ、今晩のタスク、明日のタスク
今日一日でブログ記事を7つ書いた。
これらのタイトルを眺めると、やったこと、考えたことが分かる。
ログである。
さあ、明日は
これらのタイトルを眺めると、やったこと、考えたことが分かる。
ログである。
- Morning shareはタスク
- パンクはアクシデント、出来事
- Reviewの校正は、依頼された仕事、共同研究(明日また続き)
- タンパク質実験は、自分の意志で行っていること(妥当性が少々怪しくなってきた。今Reviewを書いているところなので、その発想で、情報を整理すれば、方法やアプローチを変えることで、綺麗な結果を得られるのでは? 今のままだと宝くじにあたるように綺麗なデータを出せる確率が低いのでは?)
- もう一つのタンパク質実験は、依頼されて共同研究で行っていること。そしてそのお手伝いを通じて、方法に関する気付きがあった。
- 「研究者として成功するには?」とはブログのエントリーらしいタイトルである。
- これは後付タイトルなのだ。人柄、人当たり、教育について考えていたら、こういう文章になっちゃった。研究が仕事であり、教育は現在の自分にとってメインではないからね。
- 「ネガティブな人に出す処方箋」は、大事なこと。
- ランナー、自転車レースは、出来事を書いたPoemだ。 これで何を言いたいか、分かる人には分かるだろう。
さあ、明日は
- 実験の続き(写真撮影だけ)
- 総説の図表と文章
- それらよりも優先度が高いのは Annual Performance Review を書き始めること(紳士に相談してもいい)
研究者として成功するには?
研究者として人として
人というのは、人それぞれ持って生まれたもの(Geneticな因子、天賦の才能)と、後天的な因子(経験、環境、教育)によって変化する要素がある。
ある人と話していて「私立大出身者って人当たりがよく、商売がうまい人が多いよね。国立大出身者って、コツコツと真面目に努力を続けられる人が多いよね。」という話になった。
研究の世界に生きていて、研究者としての成功という観点で周囲をみてみると実に様々な要因があって面白い。
自分には「オリジナルなアイデアをもとにオリジナルな発見をする」ことこそ研究だという信念(固定観念?)みたいなものがある。
これは、研究を始めた当初「研究ってなんだろう。どういう考えで進めたらいいのだろう」と悩んだ時に、ある申請書類が「独創性」を強調していたため、以来、独創的(Original)な研究を目指すことになったものだ。
独創性とは何か?
独創性については本庶佑先生のいう独創性を大いに参考にした。
また、本庶佑先生は「6つのCを大切に」と謳っている。6つのCとは
「好奇心 Curiosity をもって 勇気 Courage をもって困難な問題に挑戦 Challenge し、必ずできるという革新 Confidence をもち全精力を集中 Concentration させ、諦めずに継続 Continuation することで、時代を変革するような研究を世界に発信することができるのです」
というものだ。
まさしくその通りなのだろうと思う。
これをもっともっと強く意識したら、研究者として成功できるかもしれない。
ただそれだけではダメだろうと思う。
基礎学力(国語力や英語力、専門知識、一般知識、理系の学力)は勿論重要だ。6つのCに従えば、これらの基礎学力も必然的に必要なので上がってくることはあるだろう。ただ研究を始める前の基礎学力もとても大事だと思う。
他に何が大事か?
僕は、人柄(政治力、教育力、感じがいい人かどうか)ではないかと思う。
ある学会誌の目次をみていると、知っている先生がCorresponding authorとして論文を発表していた。その雑誌は、インパクトファクターは2とか3くらいの雑誌であった。CNSなどのハイインパクトファクターしか狙わない、それこそがサイエンスだという考えもあるだろう。しかし、その先生をみていて思うのは、人柄と教育力だ。人柄がいいから、そのような雑誌のEditorに選ばれ、雑誌やコミュニティを盛り上げるというミッションが与えられる。人柄と教育力があるから、学生がたくさん集まる。人柄がいいから、要職を任せられる。そういう部分はあるだろう。逆を言えば、タカビー(高慢)であったり、人当たりが悪ければ、いくら勉強ができても、コミュニティの中で生きていったり、若い学生を教えるのは難しいということだ。いやこれは間違いかもしれない。権威とカリスマがあれば、少しタカビーなくらいがいいかもしれない。
しかしだ。。。。感じが悪い人というのは、誰も寄り付かないし、あらゆる人間関係を壊してしまう。そういう意味で、感じがいいかどうかは極めて重要な要素だ。
少し前にした「敷居の高い低い」という話にもなる。人当たりがいい「敷居が低い」と人は集まる、しかし優秀な人の割合は減ってしまうかもしれない。優秀な人は、優秀な人ばかり集まるところに行くかもしれない。
教育にしても、学力の低い学生に対しては、先生の人当たり、人柄が重要であり、率直にものを言う先生や権威の上からの物言いは、現代だと即アカハラで訴えられかねない。そういうご時世だという。(私自身も、様々な学力の学生を教えたり、様々な学力の教官(研究者)と職場をともにしたことがあり、そういう意味で大変苦労したり苦い経験がある。)
要はどのようなキャラクターであるか、どのようなポリシーで生きているかが重要なのだ。
学歴至上主義なのか、業績至上主義なのか、みんな仲良くなのか、金銭至上主義なのか、である。バランスや良い所どりもあるかもしれないが、専門職という観点や、どのような世界に生きているのか、つまり、同じゴルファーでもツアープロなのかレッスンコーチなのかということだ。
まあ、私のように特別に勉強ができた訳でもなく、一流の学歴があるわけでもなく三流の学歴しかないものの、運良く人徳に優れた研究者のもとで育ち、特別に感じが良い人でもない人間にとって「6C」の教えというのは唯一の教訓なのである。もちろん人当たりも見方にしないとやっていけないと思う時も多かったり少なかったり。
人というのは、人それぞれ持って生まれたもの(Geneticな因子、天賦の才能)と、後天的な因子(経験、環境、教育)によって変化する要素がある。
ある人と話していて「私立大出身者って人当たりがよく、商売がうまい人が多いよね。国立大出身者って、コツコツと真面目に努力を続けられる人が多いよね。」という話になった。
研究の世界に生きていて、研究者としての成功という観点で周囲をみてみると実に様々な要因があって面白い。
自分には「オリジナルなアイデアをもとにオリジナルな発見をする」ことこそ研究だという信念(固定観念?)みたいなものがある。
これは、研究を始めた当初「研究ってなんだろう。どういう考えで進めたらいいのだろう」と悩んだ時に、ある申請書類が「独創性」を強調していたため、以来、独創的(Original)な研究を目指すことになったものだ。
独創性とは何か?
独創性については本庶佑先生のいう独創性を大いに参考にした。
また、本庶佑先生は「6つのCを大切に」と謳っている。6つのCとは
「好奇心 Curiosity をもって 勇気 Courage をもって困難な問題に挑戦 Challenge し、必ずできるという革新 Confidence をもち全精力を集中 Concentration させ、諦めずに継続 Continuation することで、時代を変革するような研究を世界に発信することができるのです」
というものだ。
まさしくその通りなのだろうと思う。
これをもっともっと強く意識したら、研究者として成功できるかもしれない。
ただそれだけではダメだろうと思う。
基礎学力(国語力や英語力、専門知識、一般知識、理系の学力)は勿論重要だ。6つのCに従えば、これらの基礎学力も必然的に必要なので上がってくることはあるだろう。ただ研究を始める前の基礎学力もとても大事だと思う。
他に何が大事か?
僕は、人柄(政治力、教育力、感じがいい人かどうか)ではないかと思う。
ある学会誌の目次をみていると、知っている先生がCorresponding authorとして論文を発表していた。その雑誌は、インパクトファクターは2とか3くらいの雑誌であった。CNSなどのハイインパクトファクターしか狙わない、それこそがサイエンスだという考えもあるだろう。しかし、その先生をみていて思うのは、人柄と教育力だ。人柄がいいから、そのような雑誌のEditorに選ばれ、雑誌やコミュニティを盛り上げるというミッションが与えられる。人柄と教育力があるから、学生がたくさん集まる。人柄がいいから、要職を任せられる。そういう部分はあるだろう。逆を言えば、タカビー(高慢)であったり、人当たりが悪ければ、いくら勉強ができても、コミュニティの中で生きていったり、若い学生を教えるのは難しいということだ。いやこれは間違いかもしれない。権威とカリスマがあれば、少しタカビーなくらいがいいかもしれない。
しかしだ。。。。感じが悪い人というのは、誰も寄り付かないし、あらゆる人間関係を壊してしまう。そういう意味で、感じがいいかどうかは極めて重要な要素だ。
少し前にした「敷居の高い低い」という話にもなる。人当たりがいい「敷居が低い」と人は集まる、しかし優秀な人の割合は減ってしまうかもしれない。優秀な人は、優秀な人ばかり集まるところに行くかもしれない。
教育にしても、学力の低い学生に対しては、先生の人当たり、人柄が重要であり、率直にものを言う先生や権威の上からの物言いは、現代だと即アカハラで訴えられかねない。そういうご時世だという。(私自身も、様々な学力の学生を教えたり、様々な学力の教官(研究者)と職場をともにしたことがあり、そういう意味で大変苦労したり苦い経験がある。)
要はどのようなキャラクターであるか、どのようなポリシーで生きているかが重要なのだ。
学歴至上主義なのか、業績至上主義なのか、みんな仲良くなのか、金銭至上主義なのか、である。バランスや良い所どりもあるかもしれないが、専門職という観点や、どのような世界に生きているのか、つまり、同じゴルファーでもツアープロなのかレッスンコーチなのかということだ。
まあ、私のように特別に勉強ができた訳でもなく、一流の学歴があるわけでもなく三流の学歴しかないものの、運良く人徳に優れた研究者のもとで育ち、特別に感じが良い人でもない人間にとって「6C」の教えというのは唯一の教訓なのである。もちろん人当たりも見方にしないとやっていけないと思う時も多かったり少なかったり。
タンパク質実験
SyproRuby Stainingはうまくいった。Silver stainingより断然簡便であった。今後はSilverは使わずに、Syproしか使わなくなるだろう。
しかし思ったより染まっていなかった。ウェスタンのほうがよほど綺麗なデータを見せられる。質量分析までやるべきか、今回はウェスタンに留めるか迷うところなので、Specialistのトマトさんに問い合わせておいた。明日返事があるだろう。
慌てない慌てない
一休み一休み
しかし思ったより染まっていなかった。ウェスタンのほうがよほど綺麗なデータを見せられる。質量分析までやるべきか、今回はウェスタンに留めるか迷うところなので、Specialistのトマトさんに問い合わせておいた。明日返事があるだろう。
慌てない慌てない
一休み一休み
Reviewの校正
Morning shareと自転車のパンクがあったので、一旦家に帰り車で送ってもらった。そうでもしないとバスは本数が少ない上に渋滞は確実だし、徒歩+電車にする元気もなかった。
Reviewの修正を進めた。特に実験系をよく理解せずに書かれた部分を修正した。また同じことを2種類以上の単語で表現すると混乱をきたすので、専門用語はインターネット上で頻度の高い表現にできるだけ統一した。
次に、内容が少し浅いと思う部分に深みを加えた。まず広く書いて、そしてFocusしてという書き方がよいと思うのだが、いきなりFocusしている部分が目に止まった。それだと間違える可能性があるので、まずは広く捉えて、それから詳細という順序にした。広く捉える部分は、具体例は挙げずにConceptとして別の総説に書かれていることを引用した。必要な部分についてはその後具体例を挙げればいい。いきなりFocusして詳細だけだと、それだけが正しくて他はみない知らないというやり方になってしまい、どうも嫌なのだ。
この作業をもう少し続けたい。そうすれば、少し勉強できて、これまで想像できなかったことが想像できそうだ。
よくアングロサクソンは攻撃的で狩猟民族であるし、彼らはアメリカ大陸を開拓し開拓者精神がある、ローマ人は物事をよく整理し街を整備する、日本人の多くは農耕民族だなどと考える。紳士はアングロサクソンらしく、Focusして狙いを定めて書いたのかもしれない。私は、もっと幅広く系統立ててから、Focusしたいと思った。Reviewなんだし、妥当な範囲でそれができるならそうしたほうがいいでしょ。
よくアングロサクソンは攻撃的で狩猟民族であるし、彼らはアメリカ大陸を開拓し開拓者精神がある、ローマ人は物事をよく整理し街を整備する、日本人の多くは農耕民族だなどと考える。紳士はアングロサクソンらしく、Focusして狙いを定めて書いたのかもしれない。私は、もっと幅広く系統立ててから、Focusしたいと思った。Reviewなんだし、妥当な範囲でそれができるならそうしたほうがいいでしょ。
それから情報を整理したような図表を加えたい。
2015年2月12日木曜日
共同で総説を書く
先週の木曜にイギリス紳士が「僕らがやっている共同研究についてReviewを書いている。書けたら渡すからEditしてほしい」といっていた。今日その草稿が届いたので、ざっと目を通し、修正した。
第一の感想としては、よく書けている。流石に老練なイギリス紳士だけあって、そつなく過去の関連する文献を拾い上げ、拡大することなくコンパクトに纏めてある。これまでの報告をコンパクトに纏め、何がこれまで分かっていて、何が分かっていないか、今後どのような研究が期待されているかが書かれている。
2015年2月11日水曜日
職能評価 Annual Performance Review (1)
所属する組織から重要なメールが届いた。
Annual Performance Review つまり業績評価(自己評価、評価者による評価)の書類である。
私のこのブログが目に止まったのだろうか!?
これまで何度かこのブログで「ちゃんと評価されていない」と書いてきた。
過去数年、こんな書類はもらったことがなかった。
今年から?
無いよりは全然いいと思うよ。
何の評価もせず、評価基準も示さずに、奴隷のような薄給でタダ働きさせてきた傲慢な一流組織が変わろうとしているなら評価しましょう。
いい加減な実験と厳密な実験、微差よりも極端
実験って色々で、とても綺麗な条件が必要なものと、いい加減だったり、少々汚かったり、手抜きしても大丈夫な実験がある。
綺麗でないといけないのは、コンタミするとデータが出なかったり質が低下したり、実験自体がおじゃんになるもの。
例えば、細胞培養におけるコンタミ、PCRにおけるDNAのコンタミ、RNA実験におけるRNAのデグラデーション、蛋白や抗体を扱うときの凍結溶解の繰り返しによる蛋白の分解、Silver stainingやSypro Rubyのように高感度染色、これらは要所は綺麗にしなければ、データの質が低下したり、実験自体がおじゃんになる。
綺麗でないといけないのは、コンタミするとデータが出なかったり質が低下したり、実験自体がおじゃんになるもの。
例えば、細胞培養におけるコンタミ、PCRにおけるDNAのコンタミ、RNA実験におけるRNAのデグラデーション、蛋白や抗体を扱うときの凍結溶解の繰り返しによる蛋白の分解、Silver stainingやSypro Rubyのように高感度染色、これらは要所は綺麗にしなければ、データの質が低下したり、実験自体がおじゃんになる。
2015年2月10日火曜日
喰っていくことと道を極めること
喰っていくこと=コンスタントにお金を稼げること=自分なりの仕事術を確立すること
道を極めること=試行錯誤、失敗と成功を繰り返して、さらなる高みを極めること。
後者のほうが聞こえがいいかもしれない。格好良く聞こえるかもしれない。
でも結局は前者がなければなんにもならない。
後者は、その道がその人にとって(自分にとって)最高の道かどうかもわからない。
自分はどうか?
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